高知県四万十町にて、無印良品を展開する良品計画がリノベーション&インテリアコーディネートを施した中間管理住宅が、2024年9月下旬、“一棟貸しの宿Hinoki”としてグランドオープンした。
中間管理住宅とは、移住・定住促進のため、空き家などを整備して良心的な家賃で希望者へ賃貸するもの。本物件は、敷地内に母屋と離れ、2棟の建物があり、母屋を暮らしの場、離れを民泊施設として運営できるよう整えたあと貸し出すことで、借り手はあらかじめ生業を得た状態で新天地での暮らしをスタートできるため、移住へのハードルを下げる仕組みのひとつとして注目されている。
本プロジェクトは、2022年10月に良品計画と四万十町との間で締結した地域活性化等に関する包括連携協定の一環として行われたもの。現在、同社が連携協定を結んでいる自治体は全国で30あまりあるが、中間管理住宅の宿泊施設へのコンバージョンという観点からリノベーション&インテリアコーディネートを施した事例は、宮崎・日南市、北海道・清水町に次いで、今回3例目になる。
宿主は公募の中から面接を経て選ばれた、四万十町へ移住を希望していた若いご家族。Airbnbのプラットフォーム上にオープンした本宿の予約状況も上々の様子で、今後の暮らしにも希望を抱いている。彼らのホスト・ストーリーは別途インタビュー記事を載せているので、そちらもぜひのぞいてみて欲しい。
ここでは、良品計画の地域活性化に係る事業をトータルで俯瞰する長田執行役員に、本プロジェクトの全体像と目指すべき未来をうかがった。
2021年に第二創業を掲げた良品計画は、“感じ良い暮らしと社会”の実現に向けて、“日常生活の基本を担う”や“地域への土着化”をテーマに、より地域とその暮らしに根ざした企業活動を念頭に事業を再展開している。
良品計画と四万十町との協業は、全国の生産者と同社のカスタマーをつなぐ産直ECサービス“諸国良品”での付き合いがきっかけだ。その活動を通じ、まちの活性化等についても議論を進める中で、同町が重きを置く移住・定住促進の取り組みに対して、同社がこれまで他自治体と歩みを共にする中で蓄積してきたノウハウを活かせる部分があるのではと、今回の協定締結にいたっている。
良品計画が自治体の移住体験住宅にはじめて取り組んだ例は、宮崎・日南市の物件。過去の良品計画社員へのインタビューでは、「空き家を活用すること自体はとてもいいことだが、移住体験住宅が居抜き状態のままでは、たとえその空間で過ごしたとしても地域の暮らしそのものが見えてこない。いつもその部分に違和を感じていた」……こんな気づきから本プロジェクトがスタートしたとうかがった。
「多くの中間管理住宅は必要最低限の内装を整える程度に止まっています。無印良品の商品で生活しやすい環境を整えるとともに、周辺情報をマップなどに整理して提供することで、『この町に住むとどんな日常が待っているのだろう』といった暮らしのイメージが湧きやすくなり、よりポジティブな印象を与えられるのでは、と考えています」
今回のプロジェクトでは、移住者が生活を構築していく母屋と、彼らが宿主となりリスティング運用していく離れの両棟に対してリノベーションを実施した。入居者はもちろん、訪れる宿泊客にも四万十町のことをより感じてもらえるよう、内装に地場産材や伝統的な工芸品を取り入れている。
例えば、もともと土壁だった部分は“土佐漆喰”で佐官し直したり、フローリングすべてを“四万十檜”の床材で張り直したり。また、離れ客室のダイニングテーブルを四万十檜の一枚板を使って造作したり、スタンドランプは薄くて裂けにくい“土佐和紙”を貼って仕上げたりした。さらに、母屋と離れの入り口それぞれには、柿渋や藍といったわが国古来の染料で地元の染色作家が染め上げた暖簾を掲げており、それらは外観のワンポイントとなっている。
「住空間に一歩足を踏み入れることで、四万十町の自然に抱かれながら人間らしい暮らしに立ち返って欲しいという願いを込めて、“くらしを変える、くらしに帰る”というフレーズをコンセプトに設定しました。具体的には周辺地域のフィールドワークを実施し、地元工務店や先輩移住者たちに話しを伺いながら、われわれ良品計画の視点をもって土地の資源を掘り起こしています。四万十檜などはふしを活かしたまま活用しており、暮らしの中で飴色に深まっていく経年変化も楽しんでいただけたらと思っています」
離れに関しては、宿泊施設として全面的にインテリアコーディネートを施している。家具や寝具、収納、キッチン用品からアメニティまで無印良品の質の高い商品で構成し、効率的でありながら落ち着きのある空間を実現。食器棚は修繕前の母屋で使われていたものをアップサイクルして再利用することで住まいの記憶や懐かしさも融合し、トータルで雰囲気を醸成している。さらに各部屋には、インテリアブランドIDÉEの商品から、四万十川をイメージさせるブルーを基調としたアートを添えることで、地元の自然を想起しながら豊かに心の余白を満たせる工夫も施されている。
本物件は、なだらかな斜面に沿う田園風景の奥に緑深い山々が見渡せる眺めの良い高台に立地。母屋と離れの玄関が向かい合わせで建てられており、母屋の奥へと開く大きな玄関土間が特徴的だ。地元のおじいさんやおばあさんが野菜をお裾分けに届けがてらおしゃべりに花を咲かせたり、泊まりに来たゲストがホストに周辺情報を尋ねるため扉をガラガラっと開けてみたり……。ちょっとしたコミュニティスペースの可能性を母屋に設けることで、住まい手と外部の人々との交流が生まれやすくなる仕掛けをつくっている。
「移住された方がホストとしていらっしゃることは、無人型の宿泊施設に比べて、利用客が地域に入るハードルは下がると思います。また移住者ならではの新鮮な目でその地域を捉えた新たな情報価値も提供できるんじゃないかと思っています。そのような意味で、移住者自身がこれから移住を考えてらっしゃる方々を宿泊でおもてなしするような仕掛けはとても有効だと思います。一方、これまで地域と縁のなかった移住者が一からホストを始めるのは結構大変で、部屋を改修するにもそれなりの資金が必要です。そこで、移住者のために、住む場所が確保されていて民泊運営が即日可能な物件が準備されていれば、収入を得ながら新規就農を目指したり、地場産業に携わるための修行を積むといった選択肢の幅が広がり、移住へのハードルはどんどん下がってくると思うんです」
暮らし方を整えることで、移住者が移住者を呼ぶ仕組みをつくる。“暮らしに関わることすべてが領域”と語る良品計画流の移住促進施策だ。